井原東洋一さん死去【死因は病気で病名は腎盂がん】顔写真(画像)と経歴や家族(妻と息子)は?

こんにちは。バズインフィニティ編集部の天野です。

訃報です。長崎県被爆者手帳友の会会長で知られる井原東洋一さんが死去したとのニュースが入ってきました。

読売新聞によると、以下のように報じています。

長崎被爆者手帳友の会、井原会長が死去…83歳

長崎県被爆者手帳友の会会長の井原東洋一(いはら・とよかず)氏が30日、腎盂(じんう)がんで死去した。83歳だった。告別式は8月1日午後2時、長崎市大橋町14の16大橋メモリードホール。喪主は長男、和洋氏。

9歳のとき、爆心地から約6・5キロ離れた山中で被爆。2006年から長崎の被爆者団体の一つである手帳友の会で会長を務め、16年の平和祈念式典では被爆者代表として「平和への誓い」を読んだ。1987年から2015年まで長崎市議を7期務めた。

長崎県被爆者手帳友の会会長の井原東洋一さんですが、突然の訃報に驚きの声が上がっています。

ここではそんなに井原東洋一さんついて調べた結果をまとめました。

井原東洋一さんの死因は腎盂がん

井原東洋一さんの死因である腎盂がんですが、その病名から詳細を調べてみると、腎臓の中のひとつの組織が腎盂であり腎盂がんはこの部分のがんのことでした。

腎盂がんについてはこちらで詳しく解説されています。
腎盂がんについて

他に腎盂がんになられた有名人といえば、軽妙な語り口で人気を博したタレントの小野ヤスシさんが知られています。

腎臓と尿管をつなぐ部分である部分が腎盂で、腎盂がんは50~70代にかけて患者数が増えるがんといわれているようです。

井原東洋一さんの経歴は?顔写真(画像)も

長崎被爆者手帳友の会の会長で、過去には長崎市議を7期務めたという井原東洋一さんですがどういった経歴をお持ちだったのでしょうか。

現在わかってい経歴とプロフィールをまとめると、

名前:井原東洋一(いはら とよかず)

年齢:83歳

ツイッターアカウント:井原東洋一さんのツイッター

井原東洋一

9歳の時、爆心地から約6.5キロの山中で被爆し、母親や姉、兄を原爆症で亡くした

1987年から長崎市議を7期務める

2006年に長崎被爆者手帳友の会会長に就任

2016年8月9日の平和祈念式典では被爆者代表として「平和への誓い」を読む

井原東洋一さんが被爆者代表として「平和への誓い」を読み上げた長崎市の平和祈念式典の訴えは、地元だけでなく全国から大きな反響がありました。

その際の映像がユーチューブで公開されていました。

井原東洋一さんの家族(妻と息子)は?

井原東洋一さんの家族について調べましたが、家族構成について詳しい情報はわかっていません。

井原東洋一さんの妻である奥様についても同様に情報がありませんが、息子さんに関しては報道により名前が明らかになっています。

井原東洋一さんの息子さんの名前は井原和洋さんというようです。

8月1日午後2時からの井原東洋一さんの告別式では喪主をつとめられるそうです。

SNSやネットの反応

今回の報道で世論はどのように反応しているのでしょうか?

SNSやネット掲示板への書き込みを抜粋して紹介します。

井原東洋一さんのご冥福をお祈りします。