ピムファーベーク監督死去【死因:病気ガン】経歴と顔画像


訃報です。Jリーグの大宮や京都で指導歴のあるピムファーベーク監督の死去されたと、ヤフートップなどで大きく報じられています。

現役時代にプレー歴のあるオランダ1部スパルタが28日に発表したピムファーベーク氏の逝去。

25歳で現役を引退したファーベーク氏ですが、63歳で亡くなるまでの間にフェイエノールト、フローニンゲン、オーストラリア代表、韓国代表コーチなど数々のクラブやナショナルチームで指導。

日本国内でも1998~99年シーズンに大宮を指導、その後の2003年シーズンは京都で監督も務めています。

ピムファーベーク 死去

地元オランダだけでなく日本でもなじみのあるファーベーク氏の突然の死去のニュースに、関係者のみならず国内外から悲しみの声が後を絶ちません。

ここではそんなピムファーベーク監督について、死因や経歴、顔画像などについてお伝えします。



ピムファーベークの死因は病気でガン

ピムファーベーク監督は病気でガンを患っていたと言われており、SNSなどでもその顔色の悪さや老け顔を指摘する声も確認できます。

tac*****
日本と対戦した時にも老けたなーと思ってたけど、病気だったんですね。ご冥福を祈ります。

1月にオマーン代表監督として日本と対戦した際も顔色が良くなかった、年齢よりも老けて見えた、など外見でわかるほど病気が進行していたようです。

int*****
顔色悪い。。

がんで4年間闘病していたというピムファーベーク監督に、世間からは多数のコメントが届いています。

jvk*****
最近まで監督業されてたのに‥ガンと闘ってたんだ‥御冥福をお祈りします。

mak*****
ガンに侵されていたんでしたっけ?
日本サッカーの発展に寄与していただき、ありがとうございました。
輪廻転生があるならば、来世でまた日本にサッカーを教えに来ていただけることを願います。
ご冥福をお祈りいたします。合掌。

ピムファーベーク監督が患っていたガンの種類については公式発表を確認できていませんが、これらの情報から死因はガンとみて間違いないでしょう。

ピムファーベークの経歴

1956年3月12日にオランダに生まれたというピムファーベーク氏ですが、出身地はロッテルダムとのこと。

オランダ・エールディヴィジのスパルタ・ロッテルダムやNACブレダ、ローダJCでもプレーした元プロサッカー選手であり、25歳で現役引退した後はサッカー指導者として活躍しました。

ピムファーベークの指導者としての経歴はこちら。

1981年~1984年 FCドルトレヒト:アシスタントコーチ
1984年~1987年 ユニタス・ゴーリンヘム:監督
1987年~1989年 デ・フラーフスハップ:監督
1989年 フェイエノールト:監督
1990年~1991年 フェイエノールト:アシスタントコーチ
1991年~1992年 FCワゲネンゲン:監督
1992年~1993年 FCフローニンゲン:監督
1994年~1997年 フォルトゥナ・シッタート:監督
1997年~1998年 フォルトゥナ・シッタート:テクニカルディレクター
1998年7月~1999年 大宮アルディージャ:監督
2000年~2001年 オランダ代表:チームスカウト
2001年~2002年 韓国代表:アシスタントコーチ
2002年~2003年 PSVアイントホーフェン:アシスタントコーチ
2003年7月~2003年11月 京都パープルサンガ:監督
2003年11月~2003年12月 京都パープルサンガ:テクニカルアドバイザー
2004年 オランダ領アンティル代表:監督
2004年~2005年 ボルシア・メンヒェングラートバッハ:アシスタントコーチ
2005年 アラブ首長国連邦代表:アシスタントコーチ
2005年~2006年 韓国代表:アシスタントコーチ
2006年~2007年 韓国代表:監督
2007年~2010年 オーストラリア代表:監督
2010年~2014年 モロッコ代表:ジュニアナショナルチームディレクター
2016年~2019年 オマーン代表:監督

Jリーグ時代の登録名はピムだったピムファーベーク氏ですが、大宮アルディージャ監督、京都パープルサンガ監督の記憶は今も鮮明にあります。

韓国代表やオーストラリア代表の指導者・監督だった際は、日本の敵将として大きな壁になったピムファーベーク氏。

指導者として活躍されてきたピムファーベーク氏のその早すぎる死は、サッカー界にとっても大きな損失ですね。

ピムファーベークの顔画像

こちらは2019年1月12日に撮影されたというピムファーベーク氏の画像です。

ピムファーベーク がん

この時のピムファーベーク氏はすでにガンと闘病していたわけですが、やはり少しその雰囲気が表情や顔色に出ているようにも感じます。

ピムファーベーク監督

大宮や京都で指導していた若い頃のピムファーベーク氏の写真と比べると、近年撮影されたと思われる画像はやはり年を取ったなという印象ですね。

ピムファーベーク氏

ファーベーク死去SNSやネットの反応

今回の報道で世論はどのように反応しているのでしょうか?

SNSやネット掲示板への書き込みを紹介します。

時には味方、時には敵だったピムファーベーク氏ですが、その早すぎる死に、多くの悲しみのコメントが寄せられています。

aok*****
1月にオマーン代表監督として日本と対戦しましたね。
Jリーグやアジアの代表監督を歴任して日本とアジアサッカーの向上に貢献してくれた功労者。
ご冥福をお祈りします

mol*****
京都サポにとっては忘れてはいけない人。
最終的にJ2降格した2003年、エンゲルスを継いで、斉藤大介をCBにしたり、オランダからFWレジを加入させたりして、選手のやり繰りで何とか降格回避のために我慢して奮闘していたのに、肝心のフロントが我慢できずに解任!あとはチームは崩壊するのみだった。ちゃんとした補強をシーズン前からしなかったのは誰?
あれからフロントの体質は変わっていない……。

執念深く頭が悪く攻撃的。万は社会の害。
ピムさんが率いていたときのオーストラリア代表は、あまり隙の無い強いチームで、良い意味で日本代表の壁になってくれました。
お疲れ様でした。ご冥福を。

m55*****
韓国、オーストラリアの代表監督の時は敵として嫌な監督でしたね、日本のことを良く知られてるから。
そうなんやー。寂しいですね。



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